351 杜牧の詩
千里鶯啼緑映紅、水村山郭酒旗風。
南朝四百八十寺、多少楼台烟雨中。
そこらじゅうで鶯が啼き木々の緑が花の紅色と映しあっている。
水際の村でも山沿いの村でも酒屋ののぼりがたなびいている。
古都金稜には南朝以来のたくさんの寺々が立ち並び、
その楼台が春雨の中に煙っている。 |
1.江南春絶句
わざわざ「絶句」を強調しているが、この作品は詞ともされ、『江南春』という詞牌(?)でも呼ば れている。絶句と謂うには詞の「構成」、平仄上で問題がある。これは近体詩の詩形の絶句ではなく、感動のあまり、ことばがつまって出なくなった意と考える。
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2.千里鶯啼拷f紅
江南の地方一帯に鶯が啼き、若葉の緑が紅い花に照り映えている。
・千里鶯啼:遥かに広がる江南に、ウグイスの鳴き声が聞こえ。
・千里:遥かに離れた距離を表す。実数ではない。
・鶯啼:ウグイスが啼く。ウグイスで春を示している。「千里の春」のこと。 ・拷f紅:若葉の緑が、紅い花に照り映えている。若葉の緑が紅い花を引き立たせている。 ・香F草木の色。 ・紅:(赤い)花。
なお、「百里」は一邑(村、一地方)で人が一日程度で移動できるできる距離になる。「千里」は遠い距離で、風俗が異なる。邦国が単位となろう。「萬里」は遙か遠くはなれたところ。人間業としては到達し難(がた)い距離。 |
3.水村山郭酒旗
水辺の村や山辺の村里では酒屋の旗印に吹く風が(のどかである)。
・水村:水辺の村。水郷。
・山郭:山沿いの聚落の外周の建物。
・酒旗風:酒屋の看板になっている旗・酒簾に吹く風。 |
4.南朝四百八十寺
南朝の四百八十寺の、多くの樓臺は烟雨の中だ
・南朝:四二〇年〜五八九年の間に、江南の地に興った六朝(呉、東晉、宋、斉、梁、陳)の中の宋、斉、梁、陳の四王朝で、建康を首都とした。ここでは、同義に使われている。なお、北朝が異民族の王朝が主なことに対して、南朝は漢民族の王朝が続いたので、漢人にしてみれば、南朝が主流になる。
・四百八十寺:首都建康を始めとする江南各地にあった寺院数。「四百八十寺」を伝統的に「しひゃくはっしんじ」と読む。「十」の部分の平仄は本来○になるべきところだが「十」は●で、些か不都合。それゆえ、こんな読み方をしている。 |
5.多少樓臺烟雨中
四百八十寺の多くの建物が、霧雨の中(で、霞んでいる)。
・多少:多くの。また、どれほどの。
・樓臺:高い建物。
・烟雨中:霧雨のなかにある。 |
千里 鶯 啼きて 香@紅に 映ず,
水村 山郭 酒旗の風。
南朝 四百八十寺(しひゃくはっしんじ),
多少の 樓臺(ろうだい) 烟雨の中(うち)。 |
煙籠寒水月籠沙、夜泊秦淮近酒家。
商女不知亡國恨、隔江猶唱後庭花。
秦淮(しんわい)に泊す
煙は寒水を籠め月は沙を籠む,
夜秦淮に泊して酒家に近し。
商女は知らず亡國の恨,
江を隔てて猶唱(うた)ふ 後庭花。
1.泊秦淮
建康の歓楽街である秦淮に泊まる。
・秦淮:建康(現・南京)を貫流して長江へ注ぐ古代の運河。詩詞によく詠い込まれている。この一帯は遊覧の地でもあり、秦淮といえば、その方の意味もある。
2.煙籠寒水月籠沙
もやが寒々とした冬の川にたちこめて、月光が河の砂州辺りを明るくしている。
・煙籠寒水:もやが寒々とした冬の川にたちこめ。
・煙:霞(かすみ)や靄(もや)等の白くかすむ天然現象。
・寒水:寒々とした冬の川。ここでは、冬の秦淮河を指す。
・月籠沙:月光が河の砂に射している。
・籠:たちこめる。
・沙:砂州。
3.夜泊秦淮近酒家
夜、秦淮河の畔(の歓楽街)で、酒家が近くにあるところに泊まった。
・夜泊:宿泊する。船旅が多い時代で川沿いに発達した宿所に泊まる。
・酒家:酒屋。飲み屋。蛇
4.商女不知亡國恨
妓女は(陳の、また南朝の)亡国の哀しいできごとを知らないので。
・商女:妓女。歌い女(め)。
・不知亡國恨:商女のような庶民は後主が酒色に耽り、国を亡ぼしたという、故事を知ることが無い。
5.隔江猶唱後庭花
川向こうより、(歴史の悲哀を省みることもなく)なおも淫靡な亡国の歌曲である『玉樹後庭花』を唱っている(歌声が聞こえてくる)。
・隔江:川を隔てて。川向こうから。
・猶唱:(歴史の悲哀を省みることもなく)なおもうたっている。
・唱:うたう。同じ意味で少しずつ違うものには、ご存じの通り「歌謡吟嘯謳…」、また、「誦詠…」など多くあるが、「唱」は演劇用語や白話としても一番一般的で、日本語での「歌」の動詞としての使い方に匹敵する。
・後庭花:淫靡な、亡国の響きのある歌。『玉樹後庭花』。南朝の陳の後主が作った淫靡な詩(本来は音楽)。
遠上寒山石徑斜、白雲生處有人家。
停車坐愛楓林晩、霜葉紅於二月花。
1.山行
山路を行く。
2.遠上寒山石徑斜:遠くはるばると晩秋の山に登ってみたが、石の小道がくねくねと続いて。
・遠上:はるばると上って。
・寒山:晩秋から初冬にかけての山。寒々とした山。地名ではない。
・石徑:山道。石の小径。
・斜:山道がくねくねとなりながら、上へ続いているさま。
3.白雲生處有人家
(遠くを見渡せば)仙境ともいうべき深山にも、人が住んでいる。 *寂静の光景中に生動があるという対比の妙。
・白雲:はくうん。人間世界を離れた、超俗的な雰囲気を持つ語で、仏教、道教では、「仙」「天」の趣を漂わせる。ただの白い雲ではない。
・白雲生處:仙境。深山をいう。人煙が昇る処ではない。
・有人家:人家がある。
4.停車坐愛楓林晩
車を停めて、漫然と楓の林に訪れた夕暮れを味わえば。或いは、車を停めたのは、楓の林に訪れた夕暮れを味わうためである。
・停:(途中で)とめる。一時的にとまる。とどめる。
・車:人力で担ぐ輿、山駕籠のようなもの。
・坐:伝統的に「そぞろに」と読んでいる。「坐」字の意味は、「故無く、原因が無く」で、これは、「そぞろに」に当たる。また、「…のために」という意味もあり、こちらで解釈する場合もある。
・楓林:楓(かえで)の林。
・晩:くれ。宵。
5.霜葉紅於二月花
霜のあたった葉は、二月に咲く花よりも紅い。
・霜葉:紅葉。霜のために紅くなった葉のこと。
・紅於:…よりも紅い。「…[形容詞(A)]+於B」で、「…は、Bよりも Aい」「…は、…よりも □い」という意味を持つ。
・二月:陰暦二月。仲春の二月。日本風にいえば如月(きさらぎ)のこと。「じげつ」とも読むが…。
・二月花:〔にぐゎつのはな〕陰暦二月の頃に中原の地に咲く花。古来、梅や多くの花が比定されてきた。
山行
遠く寒山に上れば石徑斜めなり,
白雲生ずる處 人家有り。
車を停(とど)めて 坐(そぞ)ろに愛す 楓林の晩(くれ),
霜葉は二月の花よりも紅(くれなゐ)なり
C明時節雨紛紛、路上行人欲斷魂。
借問酒家何處有、牧童遙指杏花村。
1.清明
清明節。新暦の四月四〜六日ごろのこと。「踏青」(郊外へのピクニック)の時期である。この詩は、気楽に思いつくままに歌いあげた感じのある素直な詩である。
2.C明時節雨紛紛
清明節で「踏青」(ピクニック)やお墓参りの時期の江南の春は、よく雨が降るものだが。
・C明:清明節。清明節は、二十四気の一で、春分から数えて十五日目(冬至から数えて百五日目)から三日間。先祖のお墓参りなどをする。新暦の四月四〜六日ごろになる。
・紛紛:(花や雪などが)散り乱れるさま。
3.路上行人欲斷魂
路を行く人(わたし)は、うんざりとなってきた。
・路上:路上。途上。
・行人:道を行く人。旅人。ここでは、作者自身をいう。
・欲:…んとする。…になろうとする。
・斷魂:(白話)(非常な感動・衝撃を受けて)魂がうっとりするさま。身に付かないさま。(古語)非常に心を痛めること。
4.借問酒家何處有
お尋ねするが、酒を飲ますところは、どこぞにあるのだろうか。
・借問:〔しゃもん〕少しお尋ねするが
・酒家:酒屋。酒を飲むところ。蛇足になるが、現代の酒家では美しい小姐がもてなすと聞くが…。
・何處有:どこかに(酒屋が)あるのか。どこかにないのか。
日本語の「ある」は、「有」または「在」で表される。
一口に言えば「有」は、有無・所有を表し、「在」は存在を表す。
在 「在何處」 「(某人は)どこにいるのか」。(所在、存在を尋ねている)
「何處在」 「(その事物は)どこにあるのか」。(存在、所在を尋ねている)
5.牧童遙指杏花村
牛飼いの少年は遙か向こうのアンズの花が咲いている村を指さした。
・牧童:羊飼いの少年。牛飼いの少年。
・遙指:遙か向こうを指さして。
・杏花村:アンズの花が咲いている村。杏花の村。固有名詞ではない。
この詩が元になって、「杏花村」は春景色の表現の一となったり、酒を飲ます所を指すようにもなった。
C明
C明の時節 雨 紛紛。
路上の行人 魂を斷たんと欲(ほっ)す。
借問(しゃもん)す 酒家 何れの處にか 有る,
牧童 遙かに指さす 杏花の村。
折戟沈沙鐵未銷、自將磨洗認前朝。
東風不與周カ便、銅雀春深鎖二喬。
1.赤壁
三国時代の赤壁の戦いがあったところ。
呉の孫権、周瑜、蜀の劉備、諸葛亮が火攻め(自軍の船に薪や油を積んで火焔船とし、連結させて停泊していた敵船隊の中に突っ込ませた)で、魏の曹操の軍船を撃ち破った場所。湖北省嘉魚県の東北。長江の南岸。三国時代に呉の周瑜が対岸の烏林で魏の曹操を破ったところ。もっとも、杜牧が刺史として赴いたのは黄州(現・黄岡県)で、その近くにある赤壁とは蘇軾たちも勘違いした赤鼻の方で、ここでは、赤鼻磯の方のこと。
2.折戟沈沙鐵未銷
ほこを折り、やがて砂に埋もれて(いたものが、今日、現れたが、)鉄は、まだ錆びてぼろぼろにはなっていなかった。
・折戟:折れたほこ。嘗て戦闘があったことを言う。
・沈沙:砂の中に埋もれてしまった。赤壁の戦いから時間が経ったことをいう。
・銷:きえる。とける。『聯珠詩格』は音読みを採用しているので、それに従う。
・將:…を持つ。
3.自將磨洗認前朝
手に取り持って、きれいに磨いて、泥を洗い拭えば一昔前の時代のものと認められた。
・將:…をもって。(「以て」と「持って」の双方の意あり)。
・磨洗:きれいに磨いて、泥を洗い拭えば。
・前朝:以前の王朝。前の時代。
4.東風不與周郎便
もしも東風が周郎に味方しなかったら(周瑜の軍は敗れて)。
・東風:東の風。周瑜や諸葛亮が待ち望んだ東風。「只欠東風」の東風。
・與:ために。介詞。また、与(くみ)する。与(あづ)かる。味方する。
・不與:与(くみ)しない。与(あづ)からない。味方しない。ここは、介詞として働いてはいなくて、動詞として働いているか。
・周郎:周瑜のこと
・便:べん。便宜。便宜(を図る)。味方(する)。ここは名詞。前出の「(不)與」は動詞として働いており、「周郎便」を客語としている。
5.銅雀春深鎖二喬
曹操の宮殿である銅雀台は春深くして二喬を閉ざし込んでいる。
・銅雀:曹操の宮殿。銅雀台のこと。
・鎖:とざす。曹操の方が逆に戦いに勝って、打ち負かされた周瑜の妻である二喬(二橋)を自分の宮殿へ連れて返って、擒とすることをいう。
・二喬:二橋のこと。周瑜の妻。
赤壁
折戟沙に沈みて鐵未だ銷(しょう)せず、
自ら磨洗を將(もっ)て 前朝を認む。
東風 周郎の與(ため)に便せずんば、
銅雀 春深くして二喬を鎖(とざ)さん。
山隱隱水遙遙、秋盡江南草木凋。
二十四橋明月夜、玉人何處ヘ吹簫?
1.寄揚州韓綽判官
揚州の韓綽判官に手紙や詩を郵送する。 *韓綽判官と楽しく遊んだ揚州の夜を思い出して詩にした。
・寄:詩詞を離れた人の許へとどけること。
・揚州:地名。江蘇省の長江北岸に位置している。京口(現・鎭江)の対岸で瓜州の附近。
・韓綽:人名。
・判官:唐代の官職名。
2.山隱隱水遙遙
青い山は霞んで、水面は遥かに遠くまで広々としている。
・山:ここでは、普通の青い山。
・隱隱:かすかで明らかでないさま。ぼんやりとしているさま。詩詞では山の形容として、隱隱をよく使う。
・水:川の流れ。川や湖の水面。
・遙遙:はるかに遠いさま。「迢迢」ともする。意味は同じ。
3.秋盡江南草木凋
秋が終わって、江南の草木は凋んで散ってしまった。
・秋盡:秋が終わって。
・江南:中国南部。長江下流以南の温暖多雨の地。
・草木凋:草木は(初冬の寒さで)凋んで散ってしまった。「草未凋」ともする。その場合は、意味は全く異なる。「草未凋」は、秋が盡きてもなおも草木は凋まない、という江南の温暖さを強調している。どちらが原初の形かを別とすれば、「草未凋」は、なかなかのものである。
4.二十四橋明月夜
揚州の二十四橋の明月の夜には。
・二十四橋:揚州の別名。唐代、市内に二十四の橋があったことから云う。我が国の大阪を「八百八橋」というようなものか。また、橋の名といて呉家橋、別名紅薬橋のことで、昔ここで、二十四人の美女が簫を吹いたという伝承から起こった名称とも云う。
5.玉人何處ヘ吹簫
(あの)美しい妓女たちは、どこで簫を教えていることだろうか。
・玉人:美人。ここでは、妓女を指している。或いは、風流才子の韓綽判官を指す。
・何處:どこで。いづこに。
・ヘ:おしえる(動詞:○)。…させておく。…するにまかせる。…にをさせる。…に…される。…しむ(使役:○)。ヘは両韻で、使役は現代語では去声(の発音)になるが、古語では平声となる。古語と現代語とで、捻れ現象を起こしている数少ない例。
・吹簫:簫を吹く。
揚州の韓綽判官に寄す
山 隱隱として 水 遙遙たり、
秋 盡きて 江南 草木 凋む。
二十四橋 明月の 夜、
玉人 何(いづ)れの處(ところ)にか 吹簫をヘ(をし)ふる?
落魄江南載酒行、楚腰腸斷掌中輕。
十年一覺揚州夢、占得樓薄倖名。
1.遣懷
詩歌を作って憂さを晴らすこと。ここでは、若かった頃を懐憶している。
2.落魄江南載酒行
江南で放蕩して、酒を携帯して過ごしていたあのころ。江南で、荒れた気持ちで、いつも酒に浸っていたあのころ。
・落魄:(プレイボーイとして)自堕落な生活を送る。本来の意は、落ちぶれることだが、ここでは、杜牧が中央政界から離れて、各地で放縦な生活を送っていたことをふり返ってこういう。
・江南:中国長江南部。六朝時に栄えたところ。「江湖」ともする。その場合は「世の中」の意で、「落魄江湖」で「世間を流浪する」「さすらう」となる。意味は同じだがイメージが大きく異なる。
・載酒行:酒を(江南の船旅で、舟で)携帯して。
・載酒:酒を(舟に)載せて。(日本酒の作り方が元になっているのだが、船には老酒や陳酒をもって乗ったというのではなくて、恐らく薫り高い原酒(醪)から上槽でしぼって、できたての薫り高いお酒を飲んだのではないか。贅沢な通の飲み方である。)
・行:行旅。旅。
3.楚腰腸斷掌中輕
女性の細い腰に、魂も奪われる思いをした。スマートで可愛い女性に、身も心も奪われていた。
・楚腰:女性の細い腰のこと。楚の霊王が細い腰を好んだことからいう。
・腸斷:断腸の思いをする。こらえきれない悲しみのこと。「纖細」ともする。
・掌中輕:(漢の成帝の皇后趙飛燕のように)掌中で軽やかに舞えるほど、ほっそりスマートでかわいいこと。
4.十年一覺揚州夢
十年経って、揚州の夢のような生活から、はじめて目覚めたが。
・十年一覺:十年経ってはじめて目覚めた。 ・覺:目覚める。
・揚州夢:揚州の夢。杜牧が揚州の妓楼で、酒色に耽って過ごしていた時の思い出を謂う。
5.占得樓薄倖名
手に入れたのは、妓楼の薄情男、プレイボーイ、遊冶郎の名だけであった。
・占得:占め得た。…ということに占めた。
・贏:〔白話〕勝つ。
・樓:妓楼。「樓」は、本来華美な建物の意だが、妓女の居る所として使われだした、その使用例のはしり。
・薄倖:薄情。
・薄倖名:薄情者の名。
懷(おもひ)を 遣(や)る
江南に落魄して 載酒して 行き、
楚腰 腸(はらわた)斷ちて 掌中に輕し。
十年 一たび覺(さ)む 揚州の夢、
占め得たるは 樓 薄倖(はくかう)の名。
娉娉嫋嫋十三餘、荳寇梢頭二月初。
春風十里揚州路、卷上珠簾總不如。 |
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1.贈別
旅立つとき、詩文をはなむけとして贈ること。別(べつ)に贈る。この作品は、杜牧が揚州を旅立つとき、馴染みで好きだった妓女に贈ったもの。彼女が十三歳のときに別れたのなら、恐らく張好好のことになろう。
2.娉娉:〔へいへい〕女性の容姿が美しいさま。
・嫋嫋:〔でうでう;niao3niao3〕しなやかなさま。か細く弱々しいさま。
・十三餘:十三、四歳。杜牧が愛した妓女の年齢である。
3.荳?:〔とうこう〕ビャクズク。白。多年生常緑草本。初夏に薄い黄色の花を著け、秋に実をつける。生薬の名でもある。なお、豆は、現代語では、“豆年華”といって十三、四歳のローティーンの少女を指すが、その元となったのは、この作品のこの句である。
・荳:豆。
・梢頭:枝の尖。
・二月初:荳がまだ固いつぼみの時期である二月の初め。まだ成熟しきっていない少女のことも指している。
4.十里:揚州の町の規模をいう。
・揚州路:揚州一帯。揚州に杜牧の愛する年若い妓女がいた。
5.卷上:巻き上げる。(揚州の町の全ての女性の部屋の玉スダレを)巻き上げて(美しさを比べてみても)
・珠簾:玉スダレ。美しい。ここでは、女性の部屋の窓の装飾として使われている。
・總:どれも。総じて。
・不如:(貴女に)及ばない。
句の大意
・娉娉嫋嫋十三餘:麗しくたおやかな十三歳過ぎの、
・荳梢頭二月初:荳(と、少女)は枝の尖は(まだ蕾も固い)二月の初旬の様子である。
・春風十里揚州路:春風が、十里ほどあるここ揚州路に(訪れて吹いているが)、
・卷上珠簾總不如:(揚州の町の全ての女性の部屋の)玉スダレを巻き上げて(美しさを比べてみても)総じて、どれも(貴女には)及びもしない。
別(べつ)に贈る
娉娉 嫋嫋たる 十三餘、
荳寇 梢頭 二月の初(はじめ)。
春風 十里 揚州の路、
珠簾を卷き上ぐれど 總じて如(し)かず。
多情卻似總無情、惟覺髄O笑不成。
蝋燭有心還惜別、替人垂涙到天明。
※多情:多情。情が深い。
※卻:反対に。かえって。
※似:にる。
※總:いつも、大体。総じて。
※無情:情がない。無情。薄情。
※惟:ただ。「唯」ともする。同義。
※覺:感じる。さとる。
※髄O:酒器を前にして。酒席で。=樽。=尊(「尊前集」の尊)。
※笑不成。笑いが成立しない。笑うことができない。前記の日本文は、「笑い」が名詞で、主語のようになっているが、「笑不成」の「笑」は動詞で、「笑不成」で一つの複合動詞のようなものになっている。 ・-不成:やれない。やっても成功しない。動詞の後について、動作、行為が成り立たないことを表す。
※有心:気持ちがある。また、「有芯」の意でもあり、その場合は、「芯がある」になる。
※還:なおもまだ。文言の「尚」に近い。
※惜別:別れを惜しむ。
※替人:人に替わって。
※垂涙:涙を垂らす。ロウソクの蝋が垂れていくことを人が涙を垂らすことと、兼ねている。
※天明:空が明るくなる。夜明け。
句の大意
・多情卻似總無情:多情は却っていつも無情に似て、
・惟覺髄O笑不成:ただ酒席で笑いが成立しないのを感じる。
・蝋燭有心還惜別:ロウソクは芯もあるが、心(気持ち)もあるかのようで、
・替人垂涙到天明:(別れる)人に替わって夜明けまで涙を流した。
別(べつ)に贈る
多情は卻って似る 總じて無情なるに、
惟だ覺る 髄Oに 笑ひを成さず。
蝋燭 心(しん)有りて 還(な)ほ別れを惜しみ、
人に替はり 涙を垂れて 天明に到る。
繁華事散逐香塵、流水無情草自春。
日暮東風怨啼鳥、落花猶似墜樓人。
※金谷園:西晋の石崇が洛陽の北の金谷に建てた別荘の庭園で、石崇は。ここで愛妾の緑珠と暮らしていた。
※繁華:石崇の生活が豪奢だったことを謂う。
※散:散じてしまった。なくなってしまった
※逐:…にしたがって。…を追って。
※香塵:沈香を削った粉。石崇の家で働く歌妓が軽やかに舞えるかを試すために、床に沈香を削った粉を撒き、その上を歌妓に通らせ、足跡がつかなかった者には褒美として真珠を与え、跡がついた者には罰として食べ物を減らしてダイエットをさせたという。
※流水:ここでは金谷水。過ぎゆく時間をも謂う。
※草自春:草は自然に春の装いをする。天の運行を謂う。「人為」ということのはかなさを暗々裏に云っている。
・春:春の装いをする。ここでは動詞として使われている。「草自生」としたほうがより自然だが、「春」は韻脚故。
※日暮:ゆうぐれ。日が暮れる。
※東風:春風。
※怨:うらめしく思う。
※啼鳥:鳥が啼く。鳥の鳴き声。
※落花:花が散る。
※猶似:なおも似ている。
※墜樓人:身投げをした人。石崇の愛妾の緑珠のこと。
「墮樓人」ともする。杜牧の「題桃花婦人廟」にも「至竟息亡縁底事,可憐金谷墮樓人。」と出てくるが、それも同義。平仄からだけでいうと「墜」が●となり、都合がいい。
句の大意
・繁華事散逐香塵:石崇の豪華な生活も沈香の粉が飛散するのとともに、消滅してしまったが、
・流水無情草自春:川の流れも年月も無情に過ぎ去って、天の運行のみきっちりと変わることなく訪れ、草は自然と春の装いをしている。
・日暮東風怨啼鳥:日暮れの春風に、鳥の鳴き声がうらめしく、
・落花猶似墜樓人:散る花は、なおも身を投げた緑珠のようである。
長安回望繍成堆、山頂千門次第開。
一騎紅塵妃子笑、無人知是茘枝來。
1.過華清宮絶句
作者が華清宮を通ったときの作。華清宮は、長安東方の驪山の近くにある。現陝西省臨潼県驪山。玄宗(明皇)と楊貴妃の愛が結ばれたところ。
・過…:…によぎる。…をすぎる(すぐ)。
2.長安回望繍成堆
長安の方をふり返って眺めると美しい山並みの起伏がうずたかくつもり重なっている。
・長安:唐の都。玄宗の都でもある。
・回望:(華清宮から見れば西の方を)ふり返って眺める。
・繍成堆:美しい山並みの起伏がうずたかくつもり重なる。錦繍山河が、幾重にも重なって見えること。或いは、繍嶺のことを指す。
3.山頂千門次第開
山頂の多くの門が次つぎと開かれていった。
・山頂:頂上。
・千門:多くの門。塀が幾重にも奥深く重ねられているさまをいう。
・次第:つぎつぎと。
・開:開かれていく。外部から、驪山の華清宮に入り込んでいくさまをいう。
4.一騎紅塵妃子笑
一騎の馬が(浮き世の)埃を巻き上げながらやってくるのを、妃(きさき)は笑顔(えがお)で(迎え)。
・一騎:馬に乗った人が一つ。この用法の「騎」は●になる。
・紅塵:浮き世の塵。
・妃子笑:きさきが笑む。楊貴妃が(好物の)茘枝を見て微笑む。現在はこの作品が元になって、“妃子笑”という茘枝の品種名にもなっている。玄宗が愛しい楊貴妃のために、季節に先駆けて一番に出来る早生の茘枝を四川より取り寄せたことから起こったという。
5.無人知是茘枝來
誰も知らないだろうが(実は、楊貴妃の好物である)茘枝が届いたのだ。 *誰も 茘枝が来たのだ、ということを知らない。人の 知ること 無からん 是れ 茘枝 來たれりと。「無人知 是〔茘枝來〕。」という句の構成になる。
・無人:……という人はいない。だれも…は、いない。蛇足だが、その反対の「有人」は、「…とした人がいる」「と或る人が」になる。
・知+是:…ということを 知っている。
・無人知+ 是:…ということであると、分かっている人は、だれもいない。誰も知らない。
・茘枝:れいし。現代北方語では〔li4zhi1リーチー〕と言う。ライチともいうのを耳にするが、南方方言か、その訛りか。茘枝は楊貴妃の好物と伝えられている。
・來:くる。きた。
華清宮を 過(す)ぐ 絶句
長安 回望すれば 繍 堆と成り、
山頂の 千門 次第に 開く。
一騎の 紅塵に 妃子 笑み、
人の 是れ 茘枝の來たるを 知る 無し。
南陵水面漫悠悠、風緊雲輕欲變秋。
正是客心孤迥處、誰家紅袖凭江樓。
南陵道中
南陵への途上にて。
・南陵:現・安徽省南陵。安徽省東南部の長江の南にある町。町中を北流して長江に注ぐ支流が通っている。この作品は、おそらくこの川を長江の方から上って行ったときのものになるだろう。
1.南陵水面漫悠悠
南陵への川面は、水が広々、悠々としている。
・漫悠悠:ゆったりと広がっている。ABB型の表現。
・漫:水が広々と広がっているさま。
2.風緊雲輕欲變秋
風がきつく、雲が軽やかに流れて、(季節の巡りは)秋になろうとしている。
・風緊:風がきつい。
・雲輕:(風が強いために)流れていくさまをいう。
3.正是客心孤迥處
ちょうど旅情がひとりはるかなところへ思いを馳せているとき。
・正是:ちょうど。
・客心:旅をしたときの思い。旅情。
・迥:はるかな。遠い。
4.誰家紅袖凭江樓
どこのうら若い女性だろうか、川沿いの建物(の欄干)に寄り添って(思いに耽って)いるのは。
・紅袖:赤く美しい袖のある着物を着た若い女性。歳若い女性の喩え。
・凭:よりかかる。もたれる。よる。「凭欄」、「凭樓」は、高い建物に登って遠くを眺めやってにもの思いに耽っていることをいう。詞では、祖国の現状に思いを致して慨嘆したり、離れたところにいる恋人に思いを致すときに、屡々使う。
・江樓:川沿いの(旅館などの)建物。現代風にいうと、港町のホテル。
南陵道中
南陵の水面 漫 悠悠として、
風 緊(きつ)く 雲 輕(かろ)やかに 秋に變ぜんと欲す。
正(まさ)に是(こ)れ 客心 孤(ひと)り迥(はる)かなる處、
誰(た)が家の紅袖ぞ 江樓に凭(よ)るは。
蘆花深澤靜垂綸、月夕煙朝幾十春。
自説孤舟寒水畔、不曾逢着獨醒人。
贈漁父
老漁師に贈る。、世の大勢に順応することを説いた人に贈る。『楚辭』の「漁父」を踏まえている。世の大勢に順応することを説いた人。
1.蘆花深澤靜垂綸
蘆の花が深く茂っている澤で、靜かに釣り糸を垂れて。
・綸:ここでは、釣り糸の意。
2.月夕煙朝幾十春
月の出る夕方まで、もやの立ちこめる朝(の一日中)、幾十年の間。この何十年もの間ずうっと。
・幾十春:幾十年。
3.自説孤舟寒水畔
自ら云うことには、ぽつんとひとつだけあるこの舟で寒ざむしい川辺畔では。
・説:いう。現代語では普通「言う」は“説”を使う。
4.不曾逢着獨醒人。
今までに、屈原のような独り醒めた人には、出逢ったことがない。
・不曾:今まで…したことがない。
・逢着:出逢う。ほうちゃく。「着」は接尾辞。=逢著(ほうちゃく)。現代語でも、意味はやや異なってくるが、よく使う助辞。中国では、“着”を、台湾では“著”を多用する。
・獨醒人:上出の「衆人皆醉我獨醒」と言った屈原のこと。
漁父に贈る
蘆花深き澤に 靜かに綸(いと)を垂れ、
月ある夕 煙れる朝 幾十の春。
自ら説(い)ふ 孤舟 寒水の畔に、
曾て逢着せず 獨り醒むる人にと。
勝敗兵家事不期、包羞忍恥是男兒。
江東子弟多才俊、捲土重來未可知。
題烏江亭
安徽省の長江北岸にある。恥を知る項羽に、自分の考えをもって語りかけている。
・烏江:安徽省東部を流れる川であり地名。南京の東南50キロメートルのところに項羽を祀る覇王祠、烏江廟がある。『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)54ページ「淮南道」にある。ここの東50キロメートルの南京は、過去には、建康、建業、金陵…といわれた古都。烏江亭とは、下出『史記』に出てくる、長江の畔にある渡河するための宿場町。項羽はここ烏江亭で、亭長から「江東へ逃れて再起を図れ」と勧められたが、「何の面目があって、江東の父兄に顔が会わせられようか」といって断り、自刎する。古来よく取り上げられ、現在に至るまで伝えられている名場面である。李C照も『烏江』で、やはり項羽を詠っている。
1.勝敗兵家事不期
勝敗は兵家の常であって、結果を予期することはできない。
・勝敗:戦争の勝ち負け。
・兵家:軍人。兵法家。
・事不期:予期することができない。予期できる事柄ではない。
・期:〔動詞〕あてる。目当てをつける。
2.包羞忍恥是男兒
羞を克服し、恥を堪え忍んでこそ、一人前の男である。
・包羞忍恥: ・羞:はじらう。はずかしくて人に顔をあわせられない。
・恥:はじる。反省して恥ずかしく思う。ここでは「羞」と「恥」の順は入れ替えられない。「包羞忍恥」で「○○●●」であり、もし、「包恥忍羞」とすれば「○●●○」 となり、「○○」と「●●」とが、交互に並んでいる平仄律の美しさやリズム感が、損なわれる。
・是男兒:それでこそ立派な男である。
・是:強意の助辞。…である。前出の「包羞忍恥」がこの句の主部となる。
3.江東子弟多才俊
烏江の東側にある項羽の根拠地には兵士となる人材が多い。
・江東子弟:烏江の東側にある項羽の根拠地の父老、父兄の児子。項羽にとっての味方の人民。自軍の兵士となる人材。前出『史記・項羽本紀』に基づく。
・多才俊:優れた人材が多い。
・才俊:才能にひいでた人物。
4.捲土重來未可知
砂塵を巻き起こす勢いで、再び攻め上って来ていれば、その結果はどうなったかは、分からない。
・捲土重來:砂塵を巻き起こす勢いで、再びやってくる。
・未可知:まだ知ることができない。その結果はどうなるかは、まだ出ていないので、知ることができない。
銀燭秋光冷畫屏、輕羅小扇捕流螢。
天階夜色涼如水、臥看牽牛織女星。
秋夕
秋の宵。秋の夜。『七夕』ともする。秋の宵をやるせなく過ごす宮中(「天階」より分かる)の女性(「輕羅」で暗示し、謝の『玉階怨』 にもある「流螢」より分かる)の失寵(「輕羅小扇」で、班、の『怨詩(怨歌行)』を暗示している)の様子を詠う。同時に、作者自身が意を得られない鬱懐をも暗にいっている。
1.銀燭秋光冷畫屏
(精製された)白いロウソクで(照らし出された)秋の風光は、(秋の冷気や秋風で)絵が描かれている屏風を冷やして。
・銀燭:白いロウソク。灯油を使った明かりではなく、精製された蝋によって作られた高価な明かり。
・秋光:秋の景色。秋の風光。この詩は、七夕の情景を詠んでいるが、現代の暦とは異なり、七夕は暦の上では夏の最終の節会で、後数日で秋となる気候であり、そのような暦上の位置にある。
・冷:ひやす。
・畫屏:絵が描かれている屏風。
2.輕羅小扇捕流螢
薄絹を張った軽やかな小さいおうぎで、飛び交うホタルをつかまえた。晩夏、初秋の夜の無聊で孤独なさまをいう。
・輕羅小扇:薄絹を張った軽やかなおうぎ。
・捕:つかまえる。とらえる。 ・流螢:飛び交うホタル。
3.天階夜色涼如水
宮中や天上世界とのきざはしは、水のように涼しくて。 *天上界、月にある広寒宮は、寒いという。
・天階:宮中のきざはし。詩詞では、天上界と宮中とは、しばしば重ねて表現される。辛棄疾 蘇軾 秦觀にもその例がある。
・夜色:夜の景色。夜景。夜の気配。
・涼:すずしい。気候や人間関係をいう。
・如水:水のようである。
4.臥看牽牛織女星
横になって、一年に一度の今夜に出会っている牽牛星と織女星を眺めている。 *よそは、佳会を愉しんでいるのに、ここには誰もやってこない、その寂しさをいう。 ・臥看:(ベッドに)寝ころんで見る。
・牽牛織女星:牽牛星と織女星。彦星と織り姫。七夕(たなばた)〔しちせき;qi1xi1〕の主役の星。一年に一度、この夜に出会える。
秋夕
銀燭の 秋光 畫屏 冷え、
輕羅の 小扇に 流螢 捕ふ。
天階の 夜色 涼きこと 水の如く、
臥して看る 牽牛 織女星。
十載飄然繩檢外、樽前自獻自爲酬。
秋山春雨閑吟處、倚偏江南寺寺樓。
念昔游
昔の遊行をおもいおこす。
1.十載飄然繩檢外
この十年はふらふらと彷徨って、規範の外だった。
・十載:10年。この作品は四十代の初め頃の作か。
・飄然:ふらふらとして居所が定まらないさま。
・繩檢:規格。規律。規範。「繩」「檢」も、定規、さし、規準。縄尺、縄準。
・繩檢外:規準外。桁外れ。縄準の外。縄外。決まりの外。
2.樽前自獻自爲酬
酒を容れた物を前にして、自分で自分に酒を注ぎ、受けている。
・樽前:酒器を前にして。酒を飲む時。
・自獻:自分で自分に酒を注ぐ。手酌する。
・自爲酬:自分で(酒を)受ける。
3.秋山春雨閑吟處
秋の山に春の雨といったどの季節にも折々に詩を静かに口ずさみに行った処だ。
・秋山春雨:秋の山に春の雨。どの季節も。折々に。
・閑吟:詩歌などを静かに口ずさむ。
・處:場所。
4.倚江南寺寺樓
江南の方々の寺のたかどのにあまねく(登って手すりに)寄り添った(ものだった)。
・倚:(たかどのの手すりに)あまねく寄り添って。
・江南:中国の沿岸部の長江以南。
・寺寺:方々の寺。
・樓:たかどの。
念昔游
十載 飄然たり 繩檢の外、
樽前に 自ら獻じ 自ら 酬を爲す。
秋山 春雨 閑吟の處、
倚?ること し 江南 寺寺の樓。
笙歌登畫船,十日C明前。
山秀白雲膩,溪光紅粉鮮。
欲開未開花,半陰半晴天。
誰知病太守,猶得作茶仙。
春日茶山病不飲酒因呈賓客
春の日の茶畑の山(の歌)で、病(やまい)になったため、酒を飲めなくなったため、賓客に(この詩を)差し出した。一番茶の茶摘み行事に刺史として賓客を連れて参加した時のもの。「茶摘み」そのものに参加するのではなく「踏青」(郊外へのピクニック)として酒食を持って出かける風習がある。
・春日:(清明節前のうららかな)春の日。 ・茶山:茶畑の山。 ・病:病になる。動詞。 ・不飲酒:酒が飲めない。 ・因:よって。そのために。 ・呈:示す。差し出す。 ・賓客:〔ひんかく(きゃく)〕客人。門下の食客。太子の侍従をつとめて、その補導の任にあたる官。
1.笙歌登畫船
笙(しょう)の吹き手と歌い手をいろどりを施した遊覧船に乗せて。 ・笙歌:〔しゃうか〕笙(しょう)のふえと歌。笙に合わせて歌う。 ・登:乗る。 ・畫船:〔ぐゎせん〕いろどりを施した遊覧船。
2.十日C明前
(旧暦)二月十日の清明節の前(の茶摘みのピクニックだ)。 ・十日:旧暦二月十日。清明節(三月節)の前で「十日」は旧暦二月十日になる。新暦で三月十五日頃か。早春。 ・C明:清明節のこと。三月節。二十四節気の一つで、新暦の四月五、六日ごろに該る。清明節前に摘んだ茶葉を「明前茶」、「清明」(二十四節気の五番目:三月節)から「穀雨」(二十四節気の六番目:三月中(「清明」の15日後))までの茶葉を「雨前茶」という一番茶。緑茶は清明節に近い時期に摘むほどよいよされる。
3.山秀白雲膩
山は高くぬきんでて、白い雲はなめらかできめが細かくすべすべしている。 *句中の対でもある。第二聯(頷聯)、第三聯(頸聯)も同様。 ・秀:ぬきんでる。高く出る。のびでる。また、ひいでる。すぐれる。 ・膩:〔ぢ〕なめらか。きめが細かくすべすべしている。うるおってつややかである。きめの細かい。きれいである。
4.溪光紅粉鮮
谷川の水は(氷が張っていることなく、水が)燦(きら)めいて、(女性がべにおしろいをほどこしたように、)野山には赤や白に咲き乱れている花が色あざやかである。 ・溪:谷川。 ・紅粉:べにおしろい。女性の化粧を謂う。ここでは、清明節前の野山の赤や白に咲き乱れている花を指している。 ・鮮:あざやかである。
5.欲開未開花
(野辺の花や、茶摘みをする若い女性の姿は)花開くようでもあるが、充分には開ききっておらず(まだ青さがあり)。 *杜牧は『贈別二首』其一「娉娉嫋嫋十三餘,荳梢頭二月初。春風十里揚州路,卷上珠簾總不如。」や、『張好好詩』「君爲豫章,十三纔有餘。」でも開ききる手前の女性を愛する。 ・欲開:(花が)開こうとして。 ・未開花:まだ花が開ききらない。
6.半陰半晴天
(天候は)半ばは曇(くも)って、半ばは晴れている(という茶摘み日和である)。 ・半陰:半ば曇(くも)る。 ・陰:曇(くも)り。曇る。 ・半晴天:半分(空が)晴れている。
7.誰知病太守:誰も知るまいが、(この)病気の太守(作者・杜牧)が。 ・誰知:だれが知ろうか。だれも分かるまい。 ・太守:郡の長官。作者の杜牧を指す。当時、杜牧は一つ上の州(湖州)の刺史に任じられていた。
8.猶得作茶仙
ちょうど(「酒仙」ならぬ)「茶仙」となることができたのを。 *「本日の茶摘み・「踏青」では、お酒のお相伴はできないので、お茶でもってお相手を致しましょう」ということ。 ・猶:ちょうど…のようだ。なお…ごとし。なお。それでも。…すら。…さえ。まだ。やはり。 ・得:得る。 ・作:(…と)なる。 ・茶仙:酒が飲めないので「酒仙」を捩(もじ)って、「茶仙」とした
江涵秋影雁初飛、與客攜壺上翠微。
塵世難逢開口笑、菊花須插滿頭歸。
但將酩酊酬佳節、不用登臨恨落暉。
古往今來只如此、牛山何必獨霑衣。
九日齊山登高:九月九日の重陽の日に(刺史として赴任していた池州(現・安徽省貴池(県にある)齊山(せいざん)に登った。 ・九日:ここでは、陰暦九月九日の重陽の日のこと。 ・齊山:〔せいざん〕池州(現・安徽省貴池(県)。江州と南京の中間点で、長江南岸)の東南3キロメートルのところにある。 ・登高:九月九日の重陽の日の風習で、高い山に登り、家族を思い、菊酒を飲んで厄災を払う習わし。高きに登る。
1.江涵秋影雁初飛
:長江は秋景色を水にひたす(かのようにして映して)、雁が初めて飛びたち、(秋の季節が深まっていく時)。 ・江:ここでは、長江のことになる。 ・涵:〔かん;han2○〕ひたす。水につける。 ・秋影:秋げしき。 ・雁初飛:(渡り鳥の)雁が初めて飛びたったことで、秋の季節が深まっていく様をいう。
2.與客攜壺上翠微
:客人と、酒壷を携(たずさ)えて山の中腹まで上った。 ・與-:…と。 ・客:招き呼んだ人。きゃく。人士。ここでは、刺史の幕客のことになろうか。 ・攜壺:酒壷を携(たずさ)えて。 ・上:のぼる。 ・翠微:山の中腹、八合目あたりをいう。
3.塵世難逢開口笑
:穢(けが)れた人間世界では、口を大きく開けて(心から朗らかに)笑うことにも、出逢うことがなかなか無いので。 *「塵世難逢開口笑」と「菊花須插滿頭歸」とは対句なので、読み下しを揃えるべきだが【「難…」(…すること難(かた)し)】と【「須…」と(須(すべか)らく…べし)】との部分では、国語(日本語)の方が対応していないので対は不可能なところ。 ・塵世:〔ぢんせい〕穢(けが)れた世。人間世界。 ・難逢:出逢うことがなかなか無い。 ・開口:口を大きく開けて(朗らかに笑う)。
4.菊花須插滿頭歸
:(邪気を祓う)キクの花を頭いっぱいにさしはさんで、帰るようにしなければならない。 ・菊花:邪気を祓うとされるキクの花。古來、キクの花は邪気を祓うという習わしがあり、屡々菊酒として紹介されている。 ・須:しなければならない。…することが必要である。すべからく…べし。 ・插:〔さふ;cha1●〕さす。さしこむ。さしはさむ。ここでは、花をかんざしにする意。 ・滿頭:頭いっぱいに(…する)。「滿頭歸」は「滿頭而歸」のこと。
5.但將酩酊酬佳節
:ただ酩酊でもって、(素直に)めでたい日を迎えるべきであって。 *ただ素直に祝日を祝えばいいのであって。 ・但:ただ。 ・將:…を(以て)。 ・酩酊:〔めいてい〕ひどく酔う。 ・酬:〔しう;chou2○〕受けたおかえしをする。(恩誼に)むくいる。(「仕返し」の意は無い)。 ・佳節:おめでたい日。節日。祝日。ここでは、陰暦九月九日の重陽の節を指す。
6.不用登臨恨落暉
:高い所に登って、夕陽を眺めて心残りを歎くようなことは、なさらないように。 ・不用:…なさるな。軽い禁止の語気を持つ表現。(…を)用いないで…。 ・登臨:山に登り水に臨む。高い所に登って、下方ををながめる。転じて、帝位に即(つ)いて人民を治める。 ・恨:うらむ。心残り、うらみの極めて深いこと。自分に対してのことば。蛇足になるが、「怨」は人をうらむこと。夕陽に心が乱れる詩歌は多い。
7.古往今來只如此
:(人の生死というものは)昔から今まで、(変わることなく)ただかくのとおり(自然の摂理)であって。 ・古往今來:〔こわうこんらい〕昔から今まで。往古來今。 ・只:ただ…のみ。 ・如此:かくのとおり(である)。かようである。
8.牛山何必獨霑衣
:(春秋時代、斉の景公が)牛山に(遊び、人の生死の儚(はかな)さを歎いて)涙で衣を濡らした(歎き)などは、必ずしも必要とはしないのだ。 ・牛山:現・山東省臨?県の南にある山。斉の都の南東にある。この牛山に春秋・斉の景公が遊び、北の方にある都を望んで、涙を流して「どうして人はこんなにばたばたと死んでいくのか」と人の死を歎いたところ。 ・霑:〔てん;zhan1○〕うるおす。湿らす。ここでは、涙で濡らすことをいう。
九日 齊山せいざんに登高す
江は秋影を涵して 雁 初めて飛び、
客と壺を攜たづさへて翠微すゐび に上る。
塵世逢ひ難し 口を開きて笑ふに、
菊花須すべからく 滿頭に插して歸るべし。
但 酩酊を將って 佳節に酬い、
用ず 登臨 落暉を恨むを。
古往 今來 只 此くの如く、
牛山に何ぞ必ずしも獨衣を霑うるほさん。